ビートルズ。この曲は3年生ぐらいかなあ、とにかくビートルズ初体験の曲。来日したのは1966年だから、9才。この時はもう「リボルバー」の頃だから、「MEET THE BEATLES」に入っているこの曲を聞いたのはおそらく1年生から3年生の間。しかし、その頃の世の中のムードといったら、良識は完全にアンチ・ビートルズ。しかも私はバイオリンなんぞ習っていて、保守派の大人の直中にいた。あんな叫んでいるだけの音楽のどこがいいんだか、楽器の演奏もムチャクチャだ、なんて、今なら赤面もののご意見も、当時なら、大人に言われりゃ「そうだそうだ」なんていう、日和見いい子ぶり。しかし、大フリークになるまでに時間はかからなかった。その初体験の1曲め。そんなムードと混ざり合って他の曲とちょっと違った思い出のある曲だが、分析してみると、ビートルズの好きなところがぎゅっと詰まっている曲なのだ。ビートルズの魅力というと、他のポップスにはめったにないコード進行の奇抜さ、というのがあるが、とりわけ、メジャーからマイナー、マイナーからメジャーの使い方がとてもすばらしい。
この曲ではCからG、そしてAmへ行き、でEmへいっちゃうんだよなあ。これがいい。しかもメロも「I THINK YOU UNDERSTAND」でAmに対して5度、Emに対して5度の2音でマイナー感を強調する。(この辺の音づかいが東洋っぽさを感じさせた。その後、ヘルプのエンディングや一連のインドものなど、ビートルズはどんどん東洋に近づくが、この進行と関係があるのかどうかはわからない) キャロルの矢沢永吉もまねしてる。「きみはファンキーモンキー…・」でもAmまでで、Emには行ってない。このEmまで行っちゃう極端さが、ビートルズの革命的とか、神話性を生んでいるといっても過言ではない。きっと最初、人々が聴いた時、相当変な感じだったにちがいない。やってるやつは格好も髪型も、実は顔も変だし。でもそれが恐いものみたさで染み渡ってきて、社会現象にまでなると、その進行は麻薬のようなのものになってしまったんだろう。大人たちが恐がるのも無理はない。まあ、コード進行の異端さは膨大なビートルズ神話のひとつの側面でしかないが、私にとってはもっとも重要だった。
コード進行のもっと端的なところではEmAmEmAmで始まる「CAN‘T BUY ME LOVE」。コードだけ見れば、どんなさびしい歌か、と思うところである。しかしなぜか明るい。その後、Dm7G7と2−5を丁寧に経て、Cのブルージー展開となる。日本のフォークを聴いていたら、はっぴいえんどが出てくるまでは、絶対にない進行。基本的にメージャーで悲しい、マイナーで楽しいというのが好きな私にとって、初期のビートルズは十分原体験になり得た。
で、「抱きしめたい」だが、2回めのEmのところで、「I WANNA HOLD YOUR HAND〜」とシャウトがはいり、客席からの黄色い嬌声を誘い、うるさいうちはF G C Amの循環でやり過ごす。
キャ〜がしずまったところでサビなのだが、ここでGm7へ行く。これが当時、他になかった。Cの循環からG−7へいくなんともいえない無常感。ジョンレノンの「AND WHEN I 〜」という甘ったるい声とあいまって、そのGm7は大人の世界を見せてくれちゃったりした。(愛川欽也ではない)
で、まあその後は、Gm7C7F AmとFに転調して逆循環になるわけで種明かしはされるのだけれど、
Cへの戻り方が強引。FGFGFGのドミナント平行2度進行の3連発でロック魂をあおる。
この繰り返し、何度繰り返し聴いてもあきない楽しさを持っている。
ヒットするわけだ。