中1の時、慶応ライトのTB吹きだった従兄弟の部屋に遊びに行く。ご当人は留守だったが、そこは宝の山。
今や懐かしいTEACの4トラックオープンリールに引っかかってたテープには、シカゴの「CHICAGOV」とグランド・ファンク・レイルロードの「LIVE ALBUM」、そして「ジョンの魂」の計5枚のレコードが入っていた。(ずいぶん濃い内容がまたぎっちりと)これを頭から順に聴いていく。シカゴもすごかったし、グランドファンクもすごかった。
この直後にシカゴは初来日し、武道館ライブに私も行った。ロックコンサートは初めてだったが、アンコールの「FREE」で、自然に椅子の上に立って歌っていた。今も昔もロックコンサートは同じやね。グランド・ファンクも来日して、伝説の後楽園、豪雨の16000W(シカゴの倍)、これには行かなかった。
昼ごろから聴き始めて、名作2枚組を2つ聴いたところで、もう、頭グラグラ状態だったが、大好きなビートルズのジョンの新作だし、もうひと踏ん張りがんばらねば、と思ったら、この最後のレコードは一筋縄ではなかった。
ゴーンと響く鐘。淡々とリズムを刻むドラム。力強く、荘厳なピアノ。絶叫するジョン。一曲めのマザーから、そのシンプルで強力な、音と空気感、存在感は圧倒的だった。そして次々に襲いかかる、息苦しいまでのジョンの直裁なメッセージは、夕暮れ時の薄暗い部屋をさらに重々しくさせた。「ジョンの魂」の少し前に発表されたポールのソロ、「マッカートニー」も、ビートルズ解散の引きがねを引いただけあって、ポールの素の部分や、身内ネタがファミリアーな音に乗って表現されていたが、”MOTHER!! YOU HAD ME”と絶叫するジョンの迫力の前には、甘っちょろいジェリービーンズにすぎなく思える。(もちろんポールの方が聴きやすいが)
ジョンの生い立ちは複雑だ。父親は失踪と出現を繰り返し、母親も愛想を尽かして何度も家を出る。ジョンは厳格な叔母のミミに育てられるが、母親ジュリアへの思いは消えない。ジュリアは3度ジョンのもとに帰ってくるが、ジョンが17才の時に交通事故で他界。父親はジョンがビートルズになるや、金をせびりにくる手合い。
そんな境遇の中で、親の愛に恵まれなかったジョンはそのトラウマをひきづり続け、精神療法を受ける。その結果、ジョンを愛さなかった両親への憎悪が噴出する。それがこの”MOTHER”という曲になった。
モノクロームなグレイな曇り空と教会、怪しく空を被う冬の木々のシルエットの下で、過ぎ行く時をうつろな目で追い続ける空しさを一身に感じながら、従兄弟邸を後にした。