1966年、”FREAK OUT”でデビューしたフランク・ザッパの中期の作品(1975)。高校生の時に鎌田君の家で聴いたのが最初だから、あの時は新譜だったわけだ。
フランク・ザッパといえば、天才から変態まで、あらゆる異形の形容詞を欲しいままにしているが、私にとってみれば、その音楽に対する真摯な態度とこだわり方に大変、尊敬の念を覚えるものである。決して麻薬狂いのキチガイ・ギタリストではない。
彼の守備範囲は大変幅広い。ロックンロール、ソウル、ゴスペル、ジャズ、現代音楽(ストラビンスキー)これらを駆使し、時にオチョくり、かつオリジナルで奇天烈なフレイバーをまぶし、強烈な社会風刺と「うんこ」だの「おっぱい」だの下世話な歌詞、下品なボーカルを撒き散らす。反面、クラシックの作曲家も舌をまく綿密なスコアリングが、集められた強力な手錬れのミュージシャンたちをも悩ませる。オーケストラの曲も書く。ロンドンフィルも指揮する。方やギターソロにはメチャクチャこだわっている。その上、録音したものを切った貼った、ライブもスタジオも彼のひとつの素材とし、完璧なザッパミュージックを作るために完全主義者となる。頭のてっぺんからつま先まで、音楽一色の人だ。
ONE SIZE FITS ALLは、ザッパにしてはわかりやすいアプローチのアルバムである。ジョージ・デューク(kb)とチェスター・トンプソン(ds)が入っていることもあって、フュージョン的な面も随所にある。しかし、もちろん一筋縄ではない。1曲目の「インカロード」は特にすごい。ぶっ飛びである。しかも、ライブである。
いきなりインカ帝国に向けて潜水艦が地面スレスレに飛ぶ。周りをアダムスキー型円盤が飛びまわる。(横尾忠則か)祝祭空間に紛れ込むと、どこの国の旋律ともつかないような歌(アイオニアン・モードなんだけど、音の並び方が不気味)を巨大な石像が歌う。突然、狭い回廊を転げ落ちる。頭の上にフライパンだの植木バチだのが落ちてくる。鍋の蓋がクワンクワンまわる。闇の中にフセインだのアラファトだのの顔が浮かんで、なにやら叫ぶ。地下にワンワン響く。続いてミイラのコーラス。突然、地上に引き戻され、歌う石像とともに宙を漂う。しかし、フセインとミイラのコーラス隊は追いかけてくる。上からひばりの大群。下から密林イルカの群れ。(この辺まさにストラビンスキー)突然ここはアメリカのコンサート会場。歓声に包まれて、ザッパが堂々とミクソリディアン1発のソロを取る。なんとも美しいソロ。バックもソロに呼応してすばらしいサポートを見せる。神々しいまでのギターソロ。どっちが現実か?ひげの生えた天使たちの大コーラスがソロの最後を締めくくると、またひばりの大群に引き戻される。ひばりの落とすフンのでかいこと。そして密林イルカ。密林にぽっかりと穴があき、早口おじさん現る。バックバンド超絶。高速7拍子で16分3連のユニゾン合わせまくり。(この辺のアレンジ、ムチャクチャクールでかっこいい。)突然天空から星が降り注ぐ。スターゲートが開く。ワームホールを超光速7拍子ですっ飛ぶ。(ジョージデュークの犬が狂ったようなソロ)ワームホールを抜けるか、というところで、動力系故障。長いきりもみの後、穴に突っ込む。早口おばさん現る。早口おじさんとの戦い。燃え盛るマグマの洞窟を地底王国めがけて、急降下中。(ルース・アンダーウッドのマリンバが神業かという超絶技巧を見せる)きりきりまいした後、ドスンと落ちたのはなぜか、ハーレムでドラム缶を囲むホームレスの溜まり場。指をさして笑われる。