ザビヌルとショーターのデュオも色々なテイクがあるが、一番好きなのはこれ。ハンコック、ショーターのデュオとまた違ったウェザーリポートならではのムードがある。厳密に言えば、オーバーダブされていて、ショーター、ザビヌルが2人づついるが、神秘的なこのザビヌルの曲の効果を高める上ではオーバーダブによってデュオのよさは損なわれていない。
明確なメロディはない。ザビヌルによるコードとリズムの輪郭があるだけで、かなり自由にやっているように見える。しかし、ショーターのフレーズとザビヌルのフレーズが絡み合い、演奏の結果は完全なマスターピースになっている。この曲を聴くとき、なんとも、曲の実体を自分のものにできない、近づくとはね返される音楽の気高さ、無常感にあふれていて、こちらはただただもう一心不乱に聴き込むしかない。もうこの曲だけリピートにして一日中聴いていても、解決できないブラックボックスが部屋の真中にどっかとある。
ウェザーリポートの演奏には、こういったブラックボックスがいっぱいある。何か不思議な、人為的なものでない、自然界から来たもののような、計算されているようで偶発的なマジックが随所にある。長年音楽をやっているとわかるのだが、天の啓示が降りたようなときが確かにある。その時は、バンドに見えざる神の手が入り、個々の能力を遥かに超え、かつメンバー間の同時発生的なコミュニケーションを可能にし、結果、即興でありながら、完全なアレンジのような、また完全にかみ合ったグルーブなどを生み出すことがある。ウェザーリポートの曲や演奏には確かに、きわめて独創的な構造を持った計算があるが、レコードを聴いても、ライブを見ても、それ以上の何か得たいのしれない、マジックが絶対にある。例えば、ジャコやザビヌルやアースキンやショーターのウェザーリポート以外での演奏と比べて見ると、まったく違うものであることに気付く。一種のバンド・マジックがあることは事実だ。しかし、その方法論がなんであるのか、まだわからない。その鍵は「8:30」のD面が握っているように思える。(別掲)
その「8:30」と同時期のウェザーリポートを幸運にも、モントルー・ジャズ・フェスティバル(1979)で聴くことができた。あまりにもすごい強烈な演奏で、今思い出すと、なぜかステージがえらく高い位置にあり、霞がかかっているような印象がある。(その後出てきたウィリー・ボボのステージは、まったく同じステージなのだが、客席と同じくらいの高さで、霞もかかっていない印象である。)ジャコが一人で出てきて、ドラムに座り、超高速の4ビートをたたき出す。ショーターが出てきてそれに絡む。アースキンが出てきて、片手づつジャコと交代。超高速ビートは持続。
2台のジェット機で飛びながら、飛び移るようなスリル。ジャコがベースを持った瞬間、おそろしくシャープなウォーキング。ザビヌルが出てきて、わけのわからない絡み。しばし後、いきなりテーマ。後で思い出すと、おそらく、「8:30」のD面最後の曲と思われる。(そのライブの時はまだ、「8:30」は発売されていない。)まあ、その後も言語に絶する演奏で、とても4人がその場で出している音とは、まったくもって思えない、マジック体験だった。
ところで、この標題の曲だが、演奏どうこう言う前に、情景がアタマに浮かんでしまう。
月面に一人取り残された宇宙飛行士が、はるか上空に軌道を外れつつある母船を静かに見送るシーン。暗闇と静寂の中に宇宙飛行士の耳の奥深くに残存する悠久に流れる時間の音。そして物理的な存在があいまいなものになりつつあることを認識している飛行士の精神のゆらぎが、研ぎ澄まされたピアノとソプラノから浮かび上がる。