WAY YOU LOOK TONIGHT
In “IN EUROPE VOL.2” ERIC DOLPHY


JacketIMGアルト吹きには3つのタイプがあると思う。「単細胞」と「泣き虫」と「キチガイ」だ。アルトサックスという楽器は、その音色と音域から、非常に体温の高い楽器であると思う。テナーのように、落ち着いた渋い男の声のような音域/音色の楽器はクールで理知的なムードをかもし出すことができる。しかし、アルトでクールに迫るのは非常に難しい。まあ中にはポール・デスモンドやリー・コニッツのように、低体温な、クールな個性を実現している人々もいるが、このジャンルはそうそうフォロワーを生みにくい。通常、アルトのあの音を操るためには「単細胞」か「泣き虫」か「キチガイ」にならざるを得ない。(極論)

「単細胞」の代表はキャノンボール、フィル・ウッズである。アルト馬鹿一代。アルト以外考えてないという一本どっこ。音も説得力に満ち、テクニックも抜群だが、何か音楽的な深みに欠ける。このスタイルではマイルスバンドでは短命に終わる。単細胞の確信犯はリッチー・コール。日本ではSW(さすがに怖い)。ボビー・ワトソンも片足入っている。「泣き虫」はもちろん、言わずとしれたレフト・アローンのジャッキー・マクリーンとデビッド・サンボーンが代表。男の声としてはちょっと高めなので、仕方なくオイオイと泣いてみようということなのか、アルトは泣ける。テナーでこんなに泣いたら、イヤらしい。サンボーンが泣いてたら、女性も「あら、何が悲しいの?」なんて優しい気持ちにもなろう。しかし、ブレッカーに泣かれると、襲われるんじゃないかと男でも逃げ出したくなる。ケニーGは泣きマネ。別のところから涙流してる。同じケニーでもギャレットの方は曲によっては号泣。マクリーンの流れは子供のように泣く。だらしなく純朴に。ディック・オーツもこの系統。これをラーセン泣きという。それで「キチガイ」だが、単細胞も泣き虫も、その度が過ぎ、哲学や宗教の域まで到達すると、常人にはその意味がわからない「キチガイ」(ミュージシャンの間では神と同義)の領域になる。

パーカーを筆頭にオーネット・コールマン。エリック・ドルフィーもここに入る。フリー系やMBASE系は耽々とこの領域を狙っている。しかし、最近、キチガイ領域狙いではない、クールにモーダルにアルトを吹くグレッグ・オズビーや、スティーブ・ウィルソンといった若手が多い。この辺の元祖はソニー・フォーチュン、ゲイリー・バーツといったところだろうが、そろそろそのジャンルも分割する必要があるだろう。しかし、ビッグネームが出ていない分まだ、少数派のイメージから脱せられない。(例えば、ブランフォードがずっとアルトを吹きつづけていたら、このジャンルのメジャー感は出てきたかも・・)
あと、蛇足だが、テナーにあって、アルトには少ない「オカルト伝道師」。後期コルトレーン、ファラオ・サンダース、ショーターといったおどろおどろしいノリはアルトには少ない。(カルト的にはいますけどね。)そういった意味で、堂々「キチガイアルト」の最右翼に位置するエリック・ドルフィー。ザッパもJAZZはきらいだが、ドルフィーはだいすき。コルトレーンをフリーに導いた男。フルートで鳥と会話ができる男。マイルスに足を踏んづけられそうになった男。そのプレイを馬のいななきと評された男。

改めて言いたいが、ジャズはリズムである。ドルフィーを聴くとよくわかる。パーカーの開発したシンコペーションをスピードと音域の拡大、コード、スケールからの離脱によって際立たせ、ジャズの本来持っている肉体的な快楽を強調している。そういったことがわかりやすいのが、この標題曲である。この演奏が気持良くなかったら、ジャズは聞かない方がいい。ラストデイト「You Don’t Know What Love Is」のフルートを美しいと感じることより、根が深い。


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